この世の果てまで、小説を持って。 私の心をどんな色にも染めてくれる小説。どんな世界でも見せてくれます。

ケータイ小説って、書いた人の人となりや雰囲気が凄く身近に伝わってくるものだと思うんです。有名な作家さん達はやっぱり遠いところにいるんだろうなぁ~という印象を持ってしまうんですが、携帯小説の作家さんたちは何だか自分にとても近い場所にいるような気がして…。それが、作品の世界に読者を惹きこむ一つの魅力なのかな?って思ったりします。

図書館使ってますか?

図書館利用してますか?
あんなに便利で癒やしの空間を無料で利用できるんですよ、使わない手はありません。

図書館を有効活用するためには、少しだけ意識を変えることが大切だと感じています。私は以前、本を借りる場所としてしか利用していなかったのですが、今ではもっと幅広い楽しみ方ができることに気づきました。静かな空間に身を置くだけでも、気持ちが整い、自然と前向きな気分になれるのです。

まず意識しているのは、「目的を決めすぎない」こと。読みたい本が決まっている日もあれば、あえて何も決めずに棚の前をゆっくり歩く日もあります。ふと目に留まった一冊を手に取ることで、自分でも気づいていなかった興味に出会えることがあるのです。その偶然の出会いこそが、図書館ならではの魅力だと思います。

また、滞在時間を少し長めにとるのもおすすめ。借りるだけで帰るのではなく、気になる本を数冊選んでその場で少し読んでみると、自分に合うかどうかがよく分かります。静かな環境でページをめくる時間はとても心地よく、日常の慌ただしさを忘れさせてくれるのです。

さらに、ジャンルを広げてみることも意識しています。普段は小説ばかり読んでいても、ときにはエッセイや実用書、写真集などに手を伸ばしてみると、新しい視点や発見が生まれてくるもの。図書館には多様な世界が詰まっているので、その中を自由に行き来することが、自分の感性を豊かにしてくれるのだと思います。

図書館はただ本を読む場所ではなく、自分と向き合い、少しだけ視野を広げてくれる大切な空間です。上手に活用することで、日々の暮らしがやさしく整い、心にも余裕が生まれてくるように感じています。

お料理の本

お料理の本を開く時間は、私にとって小さなときめきのひとときです。
書店で並んでいるのを見るだけでも楽しいのですが、実際に手に取ってページをめくると、写真の美しさや盛りつけの丁寧さに思わずうっとりしてしまいます。色とりどりの野菜や、湯気の立ちのぼるスープの写真を眺めているだけで、「今日は何を作ろうかしら」と心が弾むというものです。

レシピを読むときは、ただ手順を確認するだけではなく、作っている自分の姿を想像しています。キッチンに立って、野菜を刻む音や、フライパンから立ち上る香りを思い浮かべるのです。
お料理の本は、単なる説明書ではなく、日々の暮らしを少し豊かにしてくれる物語のようにも感じられます。季節の食材を使ったページを見ていると、その季節をちゃんと味わいたいという気持ちも芽生えます。

ときには、難しそうなレシピに挑戦してみたくなることも。
うまくできるかしらと少し不安になりながらも、本に書いてある通りに丁寧に進めていく時間は、とても集中できて心が整う気がします。そして出来上がった一皿を前にすると、達成感とともにほっとした気持ちになるのです。

お料理の本は、私に新しい発見をくれる存在です。知らなかった調味料の組み合わせや、思いがけないアレンジ方法に出会うたびに、台所に立つことがもっと好きになります。
ページの隅についた小さなシミさえも、挑戦の証のように思えて、なんだか愛おしく感じてしまうのです。

入浴

入浴の時間は、私にとって一日の中でも特別に大切なひとときです。
湯気に包まれた浴室に足を踏み入れると、自然と肩の力が抜けて、心までほどけていくのを感じます。
そんな時間のお供に欠かせないのが、ささやかな読書。
湯船のそばに置いた小説を、濡れないように気をつけながら手に取り、静かにページをめくります。
お湯の温もりが体を包み、血の巡りがよくなると、不思議と物語の世界にもすっと入り込める気がするのです。
日常の忙しさや些細な悩みは、湯船の底に沈んでいき、小説の登場人物の感情や情景だけが、やわらかく胸に広がっていきます。
特に、心情描写の丁寧な作品を選ぶと、自分自身の気持ちとも静かに向き合えるようで、入浴の時間がより豊かなものになるんです。

長湯は得意ではありませんが、あと数ページだけ、と名残惜しく感じながら読み進める瞬間も大好き。
本を閉じて湯船から上がる頃には、体だけでなく心まで温まり、自然と前向きな気持ちになっています。
入浴と読書が重なり合うこの時間は、私にとって自分をいたわる小さな習慣であり、明日を穏やかに迎えるための大切な準備なのです。

気が利く人とは

気が利く人とはどういう人なのか、考えるたびに少し奥深いテーマだなと感じます。
何か特別なことをしているわけではないのに、一緒にいると自然と心が楽になる。そんな人こそ、本当の意味で気が利く人なのだと思います。
共通点は「よく見ていること」と「出しゃばらないこと」だと感じます。

気が利く人は、相手の表情や声のトーン、小さな変化にきちんと気づいています。
疲れていそうだな、今日はあまり話したくなさそうだな、そんな空気を察して、無理に踏み込まない。その距離感がとても心地いいのです。
まるで読書をしているときのように、相手の気持ちを静かに読み取っている印象があります。

また、気が利く人は自分の優しさを押し付けません。
何かをしてあげたことを強調したり、見返りを求めたりしないのです。必要なタイミングで、必要な分だけ手を差し伸べる。
その姿勢は、小説の中に出てくる控えめな登場人物に似ています。派手な活躍はしないけれど、物語全体を支えている存在のようです。

さらに、気が利く人は「何もしない」という選択もできます。励ましの言葉より、そっと温かい飲み物を差し出すこと。
アドバイスより、静かに話を聞くこと。その判断ができるのは、相手の立場を想像できるからだと思います。そこには、相手を尊重する気持ちがきちんとあります。

気が利く人は、生まれつき完璧なわけではなく、日々の経験や人との関わりの中で磨かれていくものだと感じます。
私自身も、小説を読むように人の気持ちに目を向けながら、少しずつでもそんな人に近づいていけたらと思っています。気が利くということは、優しさを静かに行動に移せることなのかもしれません。

紅茶にはまってます

みなさんは紅茶好き?

わたしは最近、なんとなく紅茶にハマっています。
もともとはコーヒー派で「眠いときにとりあえず飲む」みたいな感じだったんだけど、ある休日にゆっくり読書でもしようと思って、たまたま家にあったアールグレイをいれてみたら、これが思ってた以上に心地よくてビックリ!
香りだけでふわっと気持ちがほぐれるし、口に含むとほんのり甘くて、なんか“余裕のある時間”って感じがしました。

それ以来、気が向いたときに色んな種類の紅茶を試してみてます。
ダージリンの軽い渋みもいいし、アッサムのしっかりしたコクも捨てがたいし、ミルクを注いだときのまろやかさなんて最高すぎます。
ティーバッグでも十分おいしいけど、リーフで淹れるとちょっと儀式みたいで楽しかったりします。
お湯の温度とか蒸らし時間とか、ちょっとしたこだわりポイントを見つけると、自分の生活がひとつアップグレードしたような気分になります。

紅茶ってすごいのは、どんな気分にも寄り添ってくれるところ……なんて。
集中したいときも、一息つきたいときも、ちょっと落ち込んでるときでさえ、カップを手に持つだけで「まあまあ、ひとまず落ち着こうよ」って言ってくれてるような安心感がある。小説の中で、主人公の話を静かに聞いてくれる親友ポジションみたいな存在感。

だから最近は、仕事の合間に飲む一杯も、休日ののんびりタイムに飲む一杯も、なんだか生活の小さなご褒美になっています。
お気に入りのマグでゆっくり紅茶を飲みながら読書する時間なんて最高で、「こういう穏やかな時間って大事だなぁ」としみじみ思っちゃいます。
紅茶ってただの飲み物じゃなくて、ちょっと気持ちを整えてくれる相棒みたいなものかもしれません。

スニーカーを買いました

最近、新しいスニーカーを買ってみました。

スニーカーって、ただの靴じゃなくて“気分を変えるスイッチ”みたいな存在だと思いました。たとえばお気に入りのスニーカーを履いて出かける日って、なんとなく足取りが軽くなるんです。
雨上がりの道も、図書館までの坂道も、全部ちょっとした冒険に感じたり。図書館に向かう途中、アスファルトに落ちた落ち葉を踏む音がスニーカー越しに伝わってくると、「今日もいい日になるな」って思えてくるんですよね。

スニーカーって、物語の中でもけっこう重要なアイテムになったりすると思いませんか。
小説の登場人物が履いている靴の描写ひとつで、その人の性格が見えたりするからおもしろい!
ボロボロのスニーカーを履いた主人公なら、きっと何かを抱えているし、真っ白な新品を履いたキャラなら新しいスタートの象徴かもしれない。
だから、自分のスニーカーを見下ろすたびに「今の自分はどんな物語の途中なんだろう」なんて、ちょっと考えたりもします。

図書館の静かな廊下を歩くときも、スニーカーのソールが床に“キュッ”と鳴る音がなんだか心地いいんですよね。(わかる人いるかな?)
ヒールじゃ出せない音だし、派手な足音でもないけど、ちゃんと「自分がここにいる」って感じられる音。
重たいリュックの中には読みかけの小説とノート、そして次に読みたい本のリスト。そんな荷物を背負って、スニーカーで図書館に向かう時間って、なんだか自分の物語を歩いている気がします。

新品の靴紐を結ぶ瞬間って、次の章をめくるみたいにワクワクするし、歩いた分だけ、自分の物語も少しずつ進んでいく……そんなふうに思えます。

ミャクミャクの魅力

大阪万博のマスコットキャラクターのミャクミャクって、見た目だけでいうと「なんだこの不思議な生き物?」ってなるけど、知れば知るほどクセになる魅力があるんですよね。
最初は正直ちょっと怖いなって思ったけど、気づけばなんか親しみすら感じてきて今ではすごく可愛いなって思ってます。そんなミャクミャクの魅力を語るなら、「読書」に例えるのがいちばんしっくりくるかもしれない。

本って、パッと見じゃ中身がわからないし、表紙だけ見て判断しちゃうことあるじゃないですか?
でもページをめくっていくと、意外なストーリーや深い世界観が広がってたりして、「うわ、こんなに面白いんだ!」って感動することがあります。
ミャクミャクもそれと同じ。最初は「赤と青のぐにゃぐにゃのやつ」ってだけだけど、実は「水の精霊」と「細胞」が合体してるっていう、めちゃくちゃユニークなバックグラウンドがあるんですよね。

しかも、自分の形を自在に変えられるとか、人間の文化や知識に興味津々とか、ただのキャラじゃなくて設定が深いんです。
読書好きとしては、こういう「設定がしっかりしてて想像をかき立ててくれる存在」って、めちゃくちゃワクワクするんですよ。

だからこそ、ミャクミャクってただの「キャラ」じゃなくて、まるで一冊の不思議な本みたいな存在だなって。
読むたびに新しい発見があって、知れば知るほどもっと知りたくなる。そんなミャクミャクの魅力に、今日もまたページをめくるような気持ちで触れていたいな、って思いました。

読書ノート

読書ノートって、けっこうおすすめの習慣なんですが知ってますか?

本を読んだあとに、心に残ったセリフとか、自分の感じたことを書き留めておくと、内容が頭にしっかり残るし、あとで見返すのも楽しかったりします。
ただ小説読んで終わりじゃもったいない。

やり方としては、ノートに日付と本のタイトル書いて、気になったシーンやキャラの心情をメモするだけ。
頭整理するのも役立ちます。
物語のテーマや伏線なんかをメモっとくと、複雑な小説でもスッキリ理解できるんです。

別に難しく書く必要はなくて、「このキャラ好き」「ここの展開びっくりした」とか、ほんとに自由でOK。

特に小説なんかは、そのときの自分の気分や考え方で受け取り方が変わったりするので、数年後に読み返すと「へぇ、あのときはこんなふうに感じてたんだ」って気づきもあっておもしろいです。

まとめることで自分の考えが整理されるし、読むだけで終わらせないから、本との距離がぐっと近くなる感じがします。
読書ノートを続けていくと、自分の成長も感じられるから、気軽に始めてみるのがいいかも。ノートでもスマホでも、自分のやりやすい方法でOKです!

恐怖心展

少し前の話になりますが、話題になっている「恐怖心展」に行ってきました。

こちらは去年大成功をおさめた「行方不明展」あと同じく人気ホラー作家「梨」と「イシナガキクエを探しています」や「飯沼一家に謝罪します」などのフェイクドクメンタリーを手掛けるプロデューサー「大森時生」と「株式会社闇」が集結して開催された展示会です。

恐怖心展はその名前の通り人々の心にある「恐怖心」を展示しています。
そんな概念みたいなものをどうやってと思うんですが、行けば納得します。

たとえば「集合体に対する恐怖心」という展示には3つの集合体らしき写真が飾られています。説明にはとある三人の人物がはじめて集合体を恐怖した写真を並べたと書かれています。

また「電話に対する恐怖心」という展示には「ワンコール出でる!」というシールが貼られた電話機が置かれていました。
解説によるととある企業に勤めていたクレーム担当の男性が使っていた電話だそうです。彼は勤めて数カ月後にはなってもいない電話の着信音に悩まされ業務に支障がでたとか…。

こんな感じで人間が感じるさまざまな恐怖を形にしたものと、それについての解説が書かれているものがたくさん展示されておりました。

恐怖心という概念じみたものを展示しようと考えるのってすごい発想ですよね。
自分にも刺さる恐怖心が何個かあってゾクゾクすることもありましたがとても楽しめました。
パンフレット書籍もせっかくなので購入しました。

またこういうの来年もやってほしいです。

長時間読書は良くないのか

読書習慣があることはとても良いというのはもうすでに多くの人が知っているかと思います。
一日5~30分くらいの読書時間がベストなんて言われてますが、面白い本に出会ってしまうとついつい長時間読んじゃうなんてこともしばしば。
読書習慣がいいからっといっても長時間は返ってよくないのでしょうか?

結論からいうと、長時間読書すること自体は基本的には問題ありませんが、状況や方法によっては健康や効率に影響が出る場合があるのです。
まず長時間読書は目への影響が出てきます。
長時間同じ距離で文字を追うと、目が疲れたり、ドライアイや視力低下のリスクが高まります。特に電子書籍やスマホでの読書はブルーライトの影響も出てくるでしょう。
それと読書している間同じ姿勢になりがちです。同じ姿勢で長時間座っていると、首・肩・腰の痛みや血行不良を引き起こす可能性があり、コリを感じたり疲れを感じます。
その他にも長時間読書を続けることにより、集中力の低下、精神の疲弊、生活リズムが崩れるなどのデメリットがあるのです。

なので、長時間読書すること自体は基本的には問題ありませんが、休憩を適度に挟む必要があります。1時間ごとに5~10分の休憩を取り、目を休ませたり軽くストレッチをするなどしましょう。
また読書している姿勢、照明の明るさ、水分補給など読書に適した環境を整えることも大切です。
疲れを感じたらすぐ休憩することを忘れてはいけません。
目が疲れたら耳から読書する、オーディオブックなんかもあるので活用しましょう。