この世の果てまで、小説を持って。 私の心をどんな色にも染めてくれる小説。どんな世界でも見せてくれます。

ケータイ小説って、書いた人の人となりや雰囲気が凄く身近に伝わってくるものだと思うんです。有名な作家さん達はやっぱり遠いところにいるんだろうなぁ~という印象を持ってしまうんですが、携帯小説の作家さんたちは何だか自分にとても近い場所にいるような気がして…。それが、作品の世界に読者を惹きこむ一つの魅力なのかな?って思ったりします。

サプリのような夕焼け

先日の休みの日は何も予定がなく、一日中本を読むことに決めていました。朝ごはんを食べ終わるとさっそく開始です。お昼ごはんの時だけ中断して、食べながら前夜に聞き逃したラジオをアプリで聞きました。意外とラジオが面白くって、ごはんのあとにコーヒーを淹れて、しばらく聞き入ってしまいました。でも、小説も気になります。医療ミステリーだから緊迫のシーンも多く、息を飲んだり驚いたりと、座っていても脈が速くなってしまいます。
ラジオを止めて本に戻った私は、再び、笑いとは遥か離れた世界へと入って行きました。そういう物語のときって、知らず知らずのうちに体に力が入ってしまっているものですね。夕方になってワンコがお散歩の催促をし始めるまでの数時間で、ふと顔を上げたときには全身が硬直していたように思えたんです。次々と危機迫るものがあるから無意識にそうなってしまっていたってことです。まだ、3分の1くらいは残っていたけど、本を置いて「うーん」と伸びをしました。けど、ワンコの催促が良かったかもしれないと思いました。だって、ずっと同じ姿勢を続けていたから、けっこう体には負担だったと思うんです。
ワンコと一緒に外に出た私を迎えてくれたのは、燃えるようなオレンジ色の空です。一瞬、火事かと思ってしまったほど。でも、そうやって歩いて体を動かすことは、すごく気持ちのいいものでした。夕方の何とも言えない穏やかな空気感といい、サプリをイメージするような夕焼けの色といい、一日の終わりを迎える前にピッタリだったんです。イイ一日だったなって思いながら歩きました。

愛することで必ず幸せになるとは限らない

「繊細で不器用なために大切な人を傷つけてしまうこともある。」こんな言葉が強く心に残る小説を読みました。音楽好きがこうじてネットのコミュニティで知り合った者達でバンドを組み、ライブで集客を増やし始めた矢先に仲間が脱退することになります。理由は他の女性とユニットを組むことになったからです。バンド仲間達は10代の頃から活動しており、主人公の女性と脱退を決めた男性は恋人同士でもありました。しかしながらその男性は自分がやりたい音楽をやるために突如バンドの脱退を決めるのです。主人公は不意にその話を彼氏から聞かされ許すことができずにいました。またその苦しさから彼が発表した曲を聴けずにいたのでした。聴きたくても聴くことができない苦しさとバンドを去った男性への思いが心の中を巡りながらも、その苦しみの出口となる一筋の光見つけます。それは脱退したこと、彼の繊細で真面目すぎるほどに真っすぐな音楽への思いと才能を受け入れることでした。
未来を見越して誰かを愛することは出来ないと感じています。何故ならば心を奪われたが故に、自分の力ではどうにもならないことが待ち受けているかもしれないからです。また永遠に添い遂げることが出来る愛もあれば、別れを余儀なくされることもあるのです。この小説は「愛」について考えることを与えてくれたように思います。

犬もアンチエイジング

最近、ワンコが以前よりよく寝るようになったことと耳が遠くなったことがちょっと気になっていました。昔なら仕事から帰ってきたら玄関に迎えに来ていて鳴いていたのに、この頃はほとんど玄関に姿は見せずに部屋に入ってみると爆睡しています。少ししてから、「えっ! 帰ってたの?」ってビックリ顔です。この前なんか、お散歩の催促もしないで大人しく寝てるから、「お散歩に行くよ」と声を掛けても全く反応なし。体をゆすってみても反応なし。これにはちょっと焦りました。もしかしたら、人間でいう脳梗塞かなんかでは?と思って。だって、いびきもかいていましたしね。けど、大丈夫でした。目元を触ってみたら、「ん? なーに?」みたいな顔して起きましたから。どんだけ深い眠りなのって驚きしかありませんでした。けど、老犬の生活について書かれた記事を見つけたんです。やっぱり、歳をとると耳は遠くなるし、一日中寝てるようになるみたいです。眠りも深くなるんだって。でも、老化を加速させないように、つまりアンチエイジングも大事なんだそうです。たとえお散歩にあんまり行きたがらなくても、適度な脳への刺激は必要で、外に出る事は大切なことなんだって。色んな匂いを嗅ぐことも脳への刺激になるからイイことなんだと書いてありました。私はうちのワンコがあまりにも外でクンクンと匂いを嗅ぐからお行儀が悪い気がして、あんまり好きじゃなかったんです。「もういいでしょ」って切り上げることもありました。でも、そうじゃなかったんです。それもアンチエイジングに役立つことだったんです。まぁ、うちのワンコは食欲旺盛だし、外で走ったりもするから、歳を取ったと言ってもまだまだ元気なんですけどね。でも、やっぱり、少しでも長く一緒にいられるように、アンチエイジングに気をつけてあげようって思っています。

ワンコにも手話を

子供の頃から手話というものは知ってはいたけど、習ったり使ったりしたことはありません。でも、大人になってから色んな場面で見かけることが多くなりました。テレビのニュースにも取り入れられていますし、ヒット曲の中にも歌の振りつけに使われているものもあります。もしかしたら、その歌がきっかけで興味を持った人も多いかもしれません。実は私もその一人です。そうして、意識するとそんな情報が自分に入ってきたりするんです。それが題材になった映画を観たり、小説を読んでいたら手話が登場する場面があったり。いえ、もしかしたら以前から情報は入って来ていたかもしれません、私が気づいていなかっただけで。この前も本を読んでたら、手話のことが載っていて、ふとその時に思ったんです。最近、私って自分なりに、もちろん正しいものじゃないけど、手話を使ってるって。それはうちのワンコになんです。うちのワンコはもうだいぶおばあちゃんになって来て、どうも耳が聞こえなくなったみたいなんです。声に出して指示をしても、きょとんをしてることが多いし、気配に気づかずビックリしてることもあります。だから私は、身振り手振りで指示を出すようにしたんです。この時はこの動作でと一貫性を保つように注意して。そしたら、ちゃんと理解できます。そう思ったら、手話って素晴らしいコミュニケーションツールなんだなって改めて気づいたんです。学んでみたいなって今、真剣に思っています。

人の心を癒す犬たち

私はワンコが大好きです。今も1匹のワンコが一緒に暮らしています。その子はもう人で言うとおばあちゃんくらいの年なのですがお散歩でも走るし、まだまだ元気です。うちの子は毎日、のんきに暮らしていますけど、世の中にはちゃんと働いているワンコがいます。警察で事件を解決したり、目の見えない人の介助をしたりです。そんな人の役に立っているワンコの記事を先日見かけたんだけど、その中にあまり聞いたことがないセラピー犬というものがありました。介護施設や高齢者施設、ホスピス、児童養護施設などを訪れて人間の心を癒すんだそうです。どこを触れても何をされても怒らないように、無駄吠えをしないように、他の犬とケンカをしないように訓練されているんだそうです。高齢者や寝たきりの人のリハビリのお手伝いになることもあるようです、人は犬に触ると脳内から『幸せホルモン』が分泌されるんです。それによって痛みが軽減したりもするらしいからスゴイです。そして、それはセラピー犬の方にも分泌されるから、双方がハッピーになれるんだって。
そして、その記事によると、ネコカフェのようにセラピー犬に触れ合うことができる場所があるんですって。心の病を抱えている人や障害を持ったお子さんを連れた親御さん、時にはカップルがデートで訪れることもあるんだとか。行ってみたいです。うちの子だって、もちろん私を癒してくれてるけど、自分勝手なわがままを言う時もありますもの。たまには100%全力で癒されたいなって思っちゃいます。

駅のホームで!?

時々、電車の中でパンやお菓子を食べてる人を見かけます。最近、特に増えたように思います。以前ならそんな風にして電車の中で何かを食べてるのって、中学生や高校生が多かったのに、最近ではれっきとした大人もいます。
先日の週末、駅で乗り換えの電車を待っていた時です。5分くらい時間があったから、私は、その間本を読んでいました。そしたら、突然隣に立って並んでいた女性がバッグから何かを取り出して、食べだしたんです。ん? 思わずその女性を見てしまいました。というより、見ずにはいられなかったんです。だって、駅のホームですよ。それも、みんなが並んでいるところで。むしゃむしゃという表現がこれほどぴったりすることがあるかなって思ってしまいました。彼女はもちろん学生なんかじゃありません。立派な大人です。服装を見ても、これからお仕事に行くことがわかりました。家を急いで出てきたのかもしれません。けど、1つを食べ終えたら、もうひとつ取り出したんです。もう驚きというより、隣にいながら楽しくなってきました。私は旅に出かけた時には、特急の中でのお弁当は楽しみだけど、毎日の通勤ではなかなかそんな気にはなりません。けど、それもアリかも。電車を待っている間に、本を読むかパンを食べるか……どちらも時間を有効に使っているんですものね。

席をゆずること

電車には優先座席があります。けど、朝や夕方の通勤のときにはビジネスマンが普通に占領していることが多いように思います。一応、他から埋まっていくけど、結局はそこも埋まります。もちろん、空けておかないといけないわけじゃなくて、必要とされる人に譲りましょうということなんですけどね。まぁ、本来はそこに限ったことじゃないんですよね。
でも、座ったら寝てしまっている人も多いから、なかなか気づかないこともあると思うんです。実は、先日の私もそうでした。私の場合、電車で座れたときには本を読みます。小説の続きが楽しみで仕方がないこともあります。先日、いつものように小説を読んでいたら、隣の学生服の男の子がスッと立ち上がったんです。本から顔を上げてみたら、傍に立っていた高齢の女性が「ありがとう」と言って腰かけたんです。「そういうことだったの?」と思った私は、同時に自分は全く気にしていなかったことが少し恥ずかしくなりました。
そういえば、いつも座っているときは本のページに目はくぎ付けだから、周りに立っている人のことなんか見ていないことが多いんです。もちろん、たまたま顔を上げたときに気づくかもしれませんけど、今までにそんな記憶がありません。私って、自分の事しか考えてなかったなって大反省でした。

とうとう私も……

電車の中で寝てる人って多いですよね。それも、もう正体不明なくらいの寝方をしている人を時々見かけます。立っていれば、目の前のその様子に呆れるような感心するような……といった感じです。座っているときにも、隣の人が爆睡していて肩にもたれかかって来られる時もあります。そんなときって困ります。肩が重たいから起きてほしいと思うけど、少し肩や腕を動かしたくらいではみんな起きません。そこまで深く眠れることは驚きに値します。
私は、座って本を読んでいても、小説に夢中になっているからか、あまり眠くなったことがありません。けど、つい先日、とうとう私にも睡魔が……。それは、出張から戻るときのことです。慣れないことで疲れていたこともあると思うんだけど、特急で小説を読んでいたら、突然物凄い睡魔がやって来たんです。もう文字を見ていてもその内容が理解できません。諦めて本を閉じて窓のところに置きました。そのとき、一瞬だけだけど、忘れないようにしなくちゃって頭をよぎったんです
次にハッと気づいたときには、なんと電車は私が降りる駅に停まっているではありませんか。もう慌てました。コントのようにバタバタとバッグを抱えて電車を降りました。本当に恥ずかしくて顔が火照るのがわかりました。けど、目が覚めて良かったと胸をなでおろしました。と次の瞬間です。「あ、本!」そうです。窓のところに置いていたはず。でも、もう電車の後ろ姿が遠くに見えました。あの時、一瞬でも頭をよぎったなら、その時にバッグにしまうべきでした。教訓になりましたけどね。

嫉妬という気持ち

小説を読んでいると、登場人物が誰かに嫉妬心を持つことがよくあります。それは、異性をめぐっての同性が同性に感じるものだけではありません。性別に関係なく、たとえば、人気や成績など、何かが秀でている人に嫉妬してしまうことがあります。ミステリーなどでは、それが原因で殺人事件が起こったりします。現実の出来事でもそんなことがあって、テレビのニュースになっていることもあります。人間の嫉妬心とは恐ろしいものです。
でも、それが自分には全く関係ない話かというと、そんなことはありません。私だって、認めたくはないですけど、正直、そんな気持ちを持ってしまうことはあります。学生の頃なら、好きな人が自分以外の誰かに優しくしているのを目撃したりすると、それはもう心中穏やかではありませんでした。今は、そんな気持ちを持つことはあまりなくなりましたけど、その代り、仕事ではあります。職場で素晴らしい接客を褒められた人がいれば、見習いたいと思う反面、自分でも努力をしているつもりだから、どうしてもその人に嫉妬してしまいます。そんな自分は大嫌いなんですけどね。けど、負けず嫌いの私は、それをバネに頑張れるところもあります。もちろん、嫉妬したからといって、その人に意地悪をするとか陥れるとか、そんな小説のようなことはありませんから。
でも、人間の気持ちって不思議ですね。良い人間でいたいと思って、黒い心なんて持ちたくないって思っているのに、自分の意志とは関係なく感じてしまうんですから。
もう少しデキた人間になりたいものです。

心の支えになる歌

学生の頃は、歌を聴いてよく感傷に浸ったりしたものです。恋をしたり失恋をしたり。そのたびに心の支えになっていたように思います。だから今でも、ラジオから流れてきたり、どこかで偶然耳にしたりしたときには、その頃の気持ちが蘇ってきます。子供の頃や学生の頃って、心の針が振れる出来事が沢山あったんだなって思います。
そうそう、この前読んだ小説の中の一節には本当にジンときました。一曲の歌で壁を乗り越えられたリ、生きる勇気を持てたりするものだって。それがあったから、今があるって。「迷わない人生なんてどこにもない」小説の中の人物がそう言ったんです。その一節が私の心に沁み渡ってきたんです。ある歌が私にとって特別なものになっていたことを思い出したからです。それは、祖母のお葬式のときに演奏してもらった曲です。私が好きでよく歌っていて、それを祖母が気に入ってくれていたんです。よくリクエストされました。お別れのときにそのメロディで送ることができて、きっと喜んでくれたと思います。そして、今は、何かに迷ったときに、祖母が昔のように優しく語りかけてくれるんじゃないかとその曲を口ずさみます。生きていれば迷うことはいっぱいあります。そんなときに、強くなれる、支えてくれる歌。大事にしたいです。