この世の果てまで、小説を持って。 私の心をどんな色にも染めてくれる小説。どんな世界でも見せてくれます。

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魔法の言葉

魔法というのは子供だけじゃなくて大人にとっても魅力的な言葉ですよね。圧倒的に惹かれます。絶対にイイ事が待ってる気がしますもの。映画やアニメ、テーマパークにはよく出てくるけど、それ以外の日常生活でも活用できることに多く使われています。『片づけの魔法』だったり『メイクの魔法』だったり。雑誌でもこんなタイトルを見かけたらつい読んでしまいます。
先日、見かけた記事は『オシャレ費の浪費を防ぐ魔法の言葉』というものでした。もちろん読みました。それはついつい増えてしまうおしゃれに関する費用を抑えるために、買う前に自分に問いかける言葉なんです。「それを買ったらどんなイイ事があるの?」というものです。頭に浮かんだ回答にまた「じゃあ、それでどんなイイ事があるの?」と深く突き詰めていくと、本当に欲しいものは『その物』ではないということに気づくことが多いっていうんです。たとえば、本当に欲しいものは「友達におしゃれと認めてほしい」ということだった、などです。であれば、その洋服がなければ友達になれないのかというと、それは違うはずだと書かれていました。確かに!もちろん、欲しい物を全部諦めることではないと思うけど、少なくても浪費は防げるように思います。私はお店で見かけて欲しいなって思った時には、「買おうかどうしようか」と迷う気持ちがある時にはいったんお店を出ることにしています。そして、本当に必要なのかどうかを自分に問います。そうすると、案外買わなくてもいいかなって思うことが多いんです。けど、衝動買いをしてしまう時もあります。そんな時にはその記事どおり、これからは『魔法の言葉』が役に立ちそうです。

最近、無感動?

この前、車に乗っていてラジオから聞こえてきた内容にちょっと考えさせられました。パーソナリティの人が映画の話をしていて、その映画を観て涙が止まらなかったと言ってたんです。それを聞いて、そう言えば最近全然泣いてないなって。もちろん、悲しいことで泣きたいなんて思わないから、泣かなくても全然いいんですけど、泣くことが心のデトックスになるという記事をよく見かけますよね。ストレス解消になるって。けど、はっき言って、最近ストレスが溜まってるとも思わないんです。意外にも毎日快適だったりします。仕事で忙しいこともあるけど、それがストレスだとは思わないんです、今のところ。でも、ここからが問題かもしれないんですけど、考えてみたら、大声で笑うこともしてないかも。泣いてはいないし、笑ってもいないんです。あらためて、この事を考えたら少し問題なような気もします。だって、笑うことや泣くことは人間本来の姿だと思うし、健康にいいとも言われてるのに、どっちもしてないって……。絶対に泣ける小説や絶対に笑いが止まらなくなる小説なんていうものもあって、今までに読書好きな友人から貸してもらったこともあります。「このところ無感動になってるのか」と自問自答してしまいました。
久しぶりに、何か本を読んで思いっきり泣くか、思いっきり笑うか。どっちの本を読むかを今、悩んでいます。

近況報告はSNS

仲のいい友達でも、学生時代とは違って社会人になってからは、なかなか連絡が取れなかったりします。仕事に追われてたりしたら、アッと言う間に数か月も経ってしまってるなんてこともあります。そんな時は、何気に見たSNSのタイムラインで近況を知ったりすることがあります。先日も友人の一人の近況をLINEのタイムラインで知りました。彼は私と同じで読書が大好きで、文章を書くのも大好きな人です。ただ、私と大きく違うのは、その人はお笑いの世界にもいた人だってことです。最近は、自分のお仕事を頑張っているのは知っていたんだけど、なんとコンビを再結成してお笑いのライブをするらしいんです。前に会った時には読んだ本の話などをしていて、コンビ再結成なんてお話は全くなかったから、ビックリです。でも、なんだかワクワクしてとっても嬉しくなりました。また、がっつりそちらにというわけではないみたいだけど、それも並行してやって行くって感じみたいなんです。好きなこと、やりたいことができるのは、やっぱりイイですよね。応援したくなります。きっと、その日に向けてネタを考えてるんだろうな。今まで読んだ数々の本からも色んなことを溜めて来たと思うから、斬新なネタが出来上がるんじゃないかな。
私もそのライブに顔を出そう!生き生きと輝く彼に会えるのが楽しみです。

電車で見かけた高校生

仕事帰りの電車はなかなか座れません。運よく自分が立っている前の席の人が途中の駅で降りたら、ツイてるって座れるんですけどね。先日も乗ったときには席がいっぱいで案の定立つことになりました。まぁ、いつものことだからなんとも思わないで目の前の広告を見ていました。立っている間は揺れに耐えられないから読書は諦めています。図書カードの広告を何とはなしにずーっと眺めていました。乗った時からドアの近くに一人の男の子が立っているのは私の視界に入っていました。ジュースを飲みながらスマホを触っていて、別段変わったことのない普通の高校生。上下ブルーのジャージ姿で、運動部だということがわかるくらいでした。特に気にしてなかったんだけど、次にチラッと視線を送った瞬間に二度見してしまいました。さっきと違って文庫本を読んでいたんです。それも左手だけで本を持って。そのうえ時々、ジャージのポケットからスマホを取り出してメールかLINEを右手だけでササッと打ってるんです。男子高校生が活字を読んでる姿がすごく新鮮でした。それもバリバリ運動部の子が。ジャージをよく見たら、フットボールクラブって書いてありました。へぇ、フットボールかぁって。ただ、それがどんなスポーツだったかが思い浮かばなかったけど。さらに驚いたのは電車は結構揺れているのに、彼がまったく揺れないこと。澄ました顔で片手で本を読んでるんです。スポーツをしてるから体幹の鍛え方が違うんだなって感心しちゃいました。駅に着いたら本をスポーツバッグにサッと入れて、ジュースを飲みながら降りて行きました。また、普通の高校生に戻って。私はずーっと立ちっぱなしでツイてなかったんだけど、その新鮮な光景にこっちまで爽やかな気持ちになれて、逆に座れなかったことがツイてたって思えてしまいました。

極上の風景

家のいくつかの場所にカレンダーがあります。壁に掛けてあったり棚や机の上に置いてあったりします。たまにはすごく気に入って買うときもあるけど、ほとんどのカレンダーは年末に色んなところからやって来て、なんとなく日々見て一年を過ごしてしまいがちです。見慣れると、それが日常になって特に何も思わなくなってしまうんですものね。でも、時折、ピタッと目に留まってハッとしたりします。鮮やかなその写真に心を奪われてしまうんですよね。
もうずいぶん前だけど、ずっと玄関横に掛けてあったカレンダーがあまりに美しいことに改めて気づいた事がありました。溢れんばかりのお花の風景です。思わずその時、もう過ぎた月のものまで振り返って見てしまいました。私は今まで毎日何を見ていたのかなと自分自身を疑いたくなりました。そこには、過去の旅で本当に感動した風景もありました。自分で写真を撮っても、目の前のその美しさをどうしても写すことが出来ないことが残念で仕方なかったなって思い出しました。それはもう書店に並んでいるどんな写真集にも負けないくらいの素晴らしさでした。だから年が終わっても大切にしまってあります。今では、素敵なカレンダーがあれば、どこからもらったんだっけって、つい確認してしまいます。あつかましいですけど、翌年にも期待して。

おっかなびっくり電子マネー

最近、とてもお気に入りの音楽素材サイトがあります。そこで公開されているコンテンツは、ライセンスを買うなり、無料のものをダウンロードするなりすれば、自分で創ったサウンドノベルの中などで鳴らすことが出来ます。
公開されている全ての曲の冒頭のみを試聴することが出来るのですが、その中にとても気になるものを見つけました。ぴったりと波長が合う感じで、長いお付き合いが出来そうなんです。それは有料コーナーにありました。そのサイトでは、独自のポイントを電子マネーで購入し、そうして得た一定のポイントを支払うことでライセンスを得、フルバージョンをダウンロードできるシステムのようでした。
どうしてもフルバージョンを聞きたくて、ついに電子マネーの購入に至りました。実は使ったことがなかったので、わざわざ公式サイトを見に行きました(笑)。コンビニ等で売っているあのカードを買うのが1番手っ取り早くてリスクがなさそうだったので、さっそく買いに走りました。
紙のお金以外を使うのは、何となく不安になりますね。そしてついにフルバージョンを聞くことが出来ました!ちっとも耳疲れしないので、小説を読む際のBGMとしてお世話になっています。

昔使っていた教科書

学生時代に使っていた教科書を捨てようとしたところ、学芸員をしている知人から思い留まるよう説得されました。何でも教科書というものは数十年も経つとそれなりの価値が出るそうで、是非取っておけと。それを聞いた小市民の私はとりあえず物入れにしまって取っておくことにしましたが、そのようなこともあるのですね。少し意外です。
せっかくだったので、しまう前に表紙を除菌用アルコールで拭くことにしました。すると、小説を整理する時にも似た感慨が湧きました。普段は忘れていても、手に取れば蘇る思い出の数々……。人間の記憶というのはけして忘れられることはなく、思い出せないのはただアウトプットに必要なプロセスが多くなっているだけ、という説がありますね。これもそういうことなんでしょうか。
私にとって学校というのはけして楽しいだけの場所ではなかったので、思い出したくないことも思い出してしまいました。もういっそのこと市営のゴミ処理場まで持って行ってひと思いにお別れしてしまおうか、とも思ったのですが、そういう時に限って蘇ってくるのは、楽しかったことなんですよね。今でも付き合いが続いている友人や、所持し続けている小説と出会ったのもこの頃でした。愛憎相半ばす、という気持ちが分かったような気がしました。

寝つけない夜には

寝苦しくてなかなか眠れない夜などは、思い切って起きてしまうようにしています。悩みごとがある時などは特に寝付けずに延々と輾転反側してしまうので、いっそのこと、と思い切るようにしています。そして現実逃避気味に小説を読んだり映画のDVDを観たりしていると、気分が切り替わって身体が「眠る」モードになるんです。個人的にはこれがとても大きな発見でした。
もともと私は、神経質で何かと気にしがちな気質です。ですので、頭の中で愚にもつかない思考をこねくり回しているよりもよほど精神的によかったのかもしれません。なるだけ気分が明るくなりそうなもの、楽しくなりそうなものを選んで、読んだり観たりしています。
先日、それで楽しかったのがいわゆるB級映画でした。少々暴力的ではありましたが、そのチープさ、くだらなさが真夜中のテンションと相まって非常に魅力的に映り、1人で大爆笑してしまいました。
翌日の午後、改めて観てみると「どうしてこれで笑えたんだろう……?」と首をかしげてしまったのですが。真夜中というのは不思議な時間帯ですね。今日であって明日であり、休息を取るべき時間帯でありながらあえて起きていると精神が高揚して。とりあえず、絶対に寝ないと!という強迫観念からは解放されて、少しずつ寝付きが良くなってきているような気がしています。

母の友人と

数年前の初夏のことです。たまには歩こうと徒歩で書店に向かっている途中、前方からどこかで見たような顔の女性が歩いてくるのが見えました。「全く知らないという人ではないはず、でもどこで会ったんだろう……?」と脳内を検索すること数秒、何とか彼女とすれ違う前に思い出すことが出来ました。
彼女は、母の古い友人でした。昔から私をかわいがってくれて、我が家にもよく遊びに来ていたんです。「あの、もしかして」と声を掛けると、彼女は不審そうな顔をしていました。その日の私はすっぴんに日焼止めを塗っただけ(散歩ついでに小説を買いに行くだけだから良いかなと思って……)、そしてその頃流行り始めていたとある伝染性の病気予防でマスクをしていましたから、無理もないことだと思います。
マスクを外すとやっと私だと分かってもらえたようで、その口元がほっとほころびました。とても懐かしい気持ちになりました。優しい笑顔は昔のままでした。2、3立ち話をさせてもらうと、母とは今でも電話で連絡を取っているものの、彼女の方の家庭の事情でなかなか遊びに行けなくなっているとのことでした。
帰宅後、母にこの話をすると、どこかうれしそうにしていました。「多分、もうそろそろ会えるわよ」。私もその日が楽しみです。

お土産を買いに

先日、某都会まで出掛けてきた時のことです。1週間に1度は近所の皆で集まってお茶を飲む機会があるのですが、その際に持ち寄るお菓子を、駅の構内のお土産屋さんで購入しようと考えました。そこでまずはいつも利用している一角に入ったのですが、妙にこだわってしまったのがまずかったんです。人気店は相変わらず並んでいましたし、ここは1つ、新しいお店を開拓してみるべきかもしれないと……。近所の人に見得を張りたかったのかもしれません(笑)。
構内の地図を頼りに別の一角へと足を運んだのですが、ここでもまだ納得せずにまた別の場所へ。そうこうしているうちに迷ってしまいました。天井の低い場所に長いこといたので息苦しく、人混みに酔ってしまってもいたので、トイレが混んでいなかったのこれ幸いと、個室でちょっと休憩してしまいました。
何とか気分が良くなったので、駅員さんに泣きつき、結局最初の人気店に並びました。何とも間抜けな話です。お茶の席でこの話をすると、小説仲間でもある人に大ウケしました。実に「私らしい」話だと。一体どんなイメージを持たれているのか少し気になります。まあ、お土産と一緒に話の種も提供出来たなら良かった……のかな?